ツレがうつになりまして、ツレもうつになりまして

※アフィリエイト広告を利用しています

うつ病

適応障害&うつ病のカミさん、通っていた総合病院の産科での胎盤ポリープ治療は終わりましたが、その病院には精神科がなく、大学病院からの非常勤医師に1ヶ月に1度診察をしてもらうのと心理カウンセラーとのカウンセリングが毎週行われていました。落ち込み、泣くことが多くなり、覇気がなくなり、食事の準備も、掃除も、洗濯も、いつもだったら交代で行うのですが、そのときは仕事をしながら私が全て行っていました。食欲もなく、どんどん痩せていくカミさんを見ているのはとても不安なものでした。

スポンサーリンク

自分を初めて顧みたときに、不調に気づかされる

私にもかなりの不安と疲労が溜まっていった日々で、勤めていた会社で人事異動がありました。私自身が異動になったわけではないのですが、店長に昇格したのが、当時名ばかり管理職で仕事のできなかったリーダーでした。それまでの店長は、責任は俺が取るというしっかりとした管理職で、仕事も早く自ら率先して部下を手伝う、私が出会った中では最高の上司でしたが、その人は本部へ異動、お店から姿を消してしまいました。変わって昇格した店長は、上の顔色ばかり伺い、自分を持っておらず、指示はできない、責任は取らない、仕事は遅いと大変でした。そんな中で、店長のミスによって、私の担当のお客様に迷惑をかけてしまう事例が立て続けに2件発生します。

私の仕事は、その日の仕事は段取りを付けて、必要な分だけこなし、残業はよほどのことがない限りしないという組み立て方だったので、定時に出社して定時に帰る、その後はカミさんのことを看るという生活を確立していたのですが、立て続けのトラブル発生に、スケジューリングが完全に崩れることに。仕事は進まない、家にも早く帰らなくてはいけないという八方塞がりの状態になり、徐々に仕事が手につかなくなります。家でも変化があったのでしょう。自分のことでいっぱいいっぱいのはずのカミさんが「なんか変だけどどうした?」と疑問を投げかけるようになります。その頃には私の精神状態は正常な状態ではなかったのでしょう。

心療内科を受診して

看護師でもあるカミさんから心療内科への受診を進められ、休日に、昔からお客様として付き合いのある精神科の先生のところを受診しました。

診断は「うつ病」

1ヶ月程度の自宅療養を勧められ、診断書を会社へ提出するように言われます。

休みが明けて翌日、診断書をトラブルメーカー店長へ出したところ「今休まれては困る」と言われ、休みのスケジュールは追々考えていこうと診断書を預けるだけとなり、休めない日々が1ヶ月続きました。当時、自分の尊敬していた先輩営業マンが退職することが同時期に決まっており、人員の補充もないため、仕事量が2倍にも3倍にも膨れていました。もはや、そんな量を処理できる状態ではないのは明らかだったのですが、休むこともできない状態だったので、「サインバルタ」という、とりあえずやる気が出るようになる薬を服用しながら仕事を続けていました。

サインバルタはやる気の薬、でも偽り続けるのは無理

根本的に治療をしているわけではないので症状はどんどんと重くなり、最終的には自宅で動けなくなってしまいました。カミさんからは仕事を辞めてもいいよと言われて、ある程度腹はくくったのですが、最後の頼みの綱だと思い、本部へ異動した前の店長にメールで現状を連絡しました。

すると事態は好転します。状態を重く見た前店長は、連絡した翌日以降勤務はしなくてもいいと言ってくれて、人事部並びに配属先店舗の管轄長に対して事態を報告してくれました。その後はトラブルメーカー店長を介することなく、休職の道筋が作られていきました。相談してよかったなと心から思いました。所属長だけでなく、会社の中である程度の地位にあり、自分のことをわかってくれる人に、うつのことを相談することは必要なことです。上司との関係が良くないときには、自分を分かってくれる他の上司に必ず話をしてください。道は一つだけではないなずです。

こうして私達夫婦は、ツレがうつになりましてどころではなく、夫婦でうつになりました。総合病院での受診が合っていなかったカミさんも、自分の通う精神科に連れていき、二人で同じ病院にお世話になることに。

ここからうつとうつの今までと全く違う、生活の激変を体感することになります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました